バレーボール県大会、敗退の夜の怪 [5]
バレーボール県大会、敗退の夜の怪 (5) |
強烈なスパイクを相手コートに突き刺すはずが、お笑い大道芸のようになってしまった自分の失態を思い出して、Fは怒っているのであった。 そんな言い合いをしながらも、最初に決めたローテーション通りに、Fが湯舟から出て、私が湯舟に入った。 バレーボール部員だから、そういうローテーションによるポジション移動は、きちんとしちゃうわけであった。 「まぁ、えかろう。もうすんだことじゃ。明日は強いチームの対戦を気楽に見とりゃええし…」 私がお湯の中でゆったりした気分でそう言ってると、洗い場で座っているFが、キョロキョロして何かを探していた。 「どしたん?」 「体を洗おう思うとるんじゃが、タオルがなあ」 「ないわけなかろうがぁ。さっきこの湯舟の中で、おまえはタオルで首とか顔とか、こすっとったでぇ」 「そうなんよ。さっきまで、あったんよ」 「そしたら、おまえ湯舟の中に忘れて出たんじゃ…」 私は、自分が浸かっているお湯の中を覗き込んだ。 白い布切れが、お湯の中でユラユラを揺れていた。 なんだ、やっぱり…。 私は、その白い布切れをつかんで、お湯から出した。 「ほれ、これじゃろ?」 と、Fに向かって、それを突き出した。 「?」 「!?」 「!」 風呂場の3人は、私のつかんでいる白い布切れを凝視していた。 全員が感じた、妙な違和感…。 私は自分の手の中の布切れを広げて見せた。 「あっ!」 と、Fが絶句した。 それもそのはず、それは白いブリーフであった。 「なんじゃ、こりゃ!」 と、私は思わず叫んだ。 タオルと思っていたものが、パンツだったんである。 「こりゃ、ワシのパンツか…」 と、F。 「おまえの? なんで、ここにおまえのパンツが?」 と、私。 考えられることは、こうである。誰でも、こう考える。 Fが、着替えの下着をタオルに包んで脱衣所まで持ってきたが、タオルとそれにくるまれたパンツを、気づかずそのまま両方風呂場の中まで持ち込んでしまった、ということである。 私は湯舟の中を再度覗き込み、両手でかき回して…といっても透明な湯なので見るだけでわかるのだが、あるはずの『タオル』のほうを探した。 私は、Fが湯船の中にいるときに、自分の顔を白い布でゴシゴシしているのを見ていたからである。 そのタオルは、どこに? 3人で、狭い風呂場の中をくまなく探したが、タオルはなかった。 どこにもタオルはなく、濡れた白いブリーフがあるのみであった。 Fは脱衣場で脱いだ服などのカゴも調べて戻ってきたが、 「タオルは、なぁ」 と、首を振った。 「どういうことじゃ? おまえのタオルは?」 「…わからん。なんでないんかのう」 「ちゅうことは、おまえはパンツだけ風呂に持ち込んで、そえで顔をゴシゴシ…」 「うるさぁ! パンツは新品じゃぁ」 数十年たった今でも、この謎(タオルはどこ?)は解けていない。 10年に一度くらい、私は飲みの席でFに、この話をする。 からかうためである。 普段は、そういうからかいをイヤがるFであるが、この話になると、素直に、 「あれは、なんじゃったんかのう…」 と、神妙に遠い目つきをするFなのであった。 真の意味の当事者である彼にとっても、それはいまだに、真夏の夜の夢なのだ。 ほんと…、あれはなんだったのだろう。 その夜、大きな和室に布団を2列に敷いて、我がチームは就寝した。 昔のことでもあり、風呂で使った濡れたタオルなどを干すために、部屋の隅に細いビニール製のロープが張られていた。 これも昔だからだが、カラフルなタオルというものはなく、みんな各自の白いタオルを干していた。 寝ていると頭上にそれが、見えるのである。 そのタオルの群れに混じって、ひとつ、白いブリーフが干されていた。 Fの、あのパンツである。 私はその不思議な光景が、今でもどうしても忘れられない。 そして思い出すと、一人の時でも、吹き出してしまう。 タオルの中で、一つ仲間外れの白いブリーフ…。 大事な大事な思い出である。 ------------------------------------------------- ん?…。 それはそれとして…。 Fは、あの夜、パンツをはかないで寝ていたんだろうか? それとも試合で履いていた、汗だくになったパンツを…。 |
(このお題、完) |
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