涙の懇願で座席交換 【カープvs巨人】(2)
涙の懇願で座席交換 【カープvs巨人】(2) |
それにしても不思議な話である。 人はいくらでもいる客席で、かなり遠くにいる我々に目をつけるとは…である。 私は巨人ファンなので気乗りはしないが、カープ応援団の真ん中に移動することに、さほど抵抗はなかった。広島出身なのでまあいいだろうと思った。 友人Fにとっては熱烈なカープファンだから嬉しい申し入れである。 私とFは快諾した。 我々と彼らは、お互いのチケットの半券を取替えて席を移動した。 若者二人は、紛争地域の戦場から生還した兵士のように喜んでくれた。 あまりに彼らの歓喜が強いので、私としては閻魔大王に自己申告できる善行を増やした気分であった。 「そんなにカープ応援団が怖くはなかろうに」 と広島出身者の私たちは思ったが、おそらく【仁義なき戦い】でしゃべられているような言語があたりを覆っていれば、非広島弁地方育ちの若者はそういう恐怖心理に陥るのかもしれない。 気の毒だ。 でも、実際は、広島弁は怖いけど、広島県人は怖くはないぞ。たぶん。 さて、席を替わるとカープ応援団の真ん中である。 これはこれで、あまり経験できまい。 カープの熱烈ファンである友人Fは狂喜し、私は、 「まあ昔こういうことあったしなぁ」 くらいで、別に平気である。 広島県人だし。 友人Fは乗りに乗って応援団とともに、ファンが一体となってシンクロする一糸乱れぬ応援を繰り広げる。 カープの攻撃中だから、私は黙ってそれを冷ややかに見ている。 そして、ジャイアンツの攻撃になるとあたりは静まる。 今度はライトスタンドのジャイアンツ応援団(それとホームだから内野席あたり)が騒ぎ出す。 で、同時に私も騒ぎ出す。だって、そのときはまだ熱心な巨人ファンだからねぇ。 さっきまでの応援に疲れて静まり返って休んでいる広島応援団の真ん中で、私一人がオレンジのメガホンを振り回して立ちあがったりしながら、ジャイアンツを応援するのである。 そのときは別に平気だった。 ちょっと分別がついた?最近はもう怖いかもしれない…が。 とにかく、そのときは自分がいる場所のことなど、なんとも思わなかった。 気分は【曹操軍百万の中の趙雲子竜大奮戦】である。 (三国志好きのかたなら、「なるほどぉ。わかるぜぇ!」でしょ?) そのとき一人の係員が血相を変えて走り寄ってきた。 「お客様!」 「?…(なんだ、こいつ?)」 「ここは広島応援団の真ん中です」 「うん」 「不測の事態が起こりえますので、少々おとなしく応援していただけますかぁ!」 口調は丁寧だが、語感は命令調であった。なんか気に障る。 「不測の事態ってなに?」 「それは具体的には言えませんが、不測の事態です!」 要するに周囲の広島ファンを刺激しているからダメだということであろう。 真顔で本気で、私を諫める顔である。 ほんとに、時々何か起こるのか!? 「どうすればいいの?応援できないの?」 「いいえ、もちろんお客様の応援は自由です。ですから、その…目立たないように」 「目立たない応援?」 「はい」 目立たない応援? 「どんな?」 「メガホンを椅子の下で見えないように振って、応援の言葉も小さく…」 それでは応援じゃなかろう。 そうは思ったが、係員の心配がわからないでもなかったし、その必死の形相に押されて、私はしぶしぶ応援をやめ、メガホンを紙袋にしまった。 「ご協力ありがとうございます」 そう言い残して、ほっとした顔で係員は去った。 彼もまた、涙目であったような…。 隣で友人Fが、にやにや笑っていた。 その試合はカープが勝った。 以下つけたし。 その後は、友人Fがそのようなチケットを送りつけてくることがなくなった。 理由は簡単である。結婚したからである。 結婚した奥さんも熱心なカープファンとなり、Fは奥さんと球場に行くことになったからである。 二人はカープの応援様式に準拠して正しい応援(メガホンを振ったり、タイミングを合わせて立ったり座ったり)をしているらしい。 まことに結構なことである。 F、ずっと幸せにな! もひとつ、付け足し。 この頃は、F夫婦の誘いで、私も妻を連れて、神宮球場でカープ戦を観に行く時がある。 元熱烈な巨人ファンの私が、カープvsスワローズを観戦するんである。 世の中も変わったが、私も変わったもんである。 (このお題、完) |
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