涙の懇願で座席交換 【カープvs巨人】 [1] (カープ応援団のど真ん中で野球観戦になるとはのう…)

涙の懇願で座席交換 【カープvs巨人】(1)

以前のこと、数年にわたり、私の親友F(カープの熱烈で正統なファン…正統という意味はカープが弱小である時代から全く揺らがずカープ一筋であり、東京に住むようになっても地元からカープ情報誌を取り寄せるなどして二軍選手の事情にさえ詳しい情熱の人)が、東京ドームでの広島vs巨人の開幕戦のチケットを勝手に送りつけてきていた。

「呉越同舟で、いっしょに観戦しよう」
ということである。
(ご招待ではなく私のぶんのチケット代は私が払う)
その頃はまだ、私はジャイアンツファンであり、プロ野球ファンでもあった。

何年かそういうことがあったので、どの年のことだったかは覚えていないが、その年はセンターに近い外野席であった。
いつもは友人Fが内野席か広島側の応援団近くのレフトスタンドの席を取ってくれるのだが、すでにそういう席が空いていなかったらしい。

まあ席の位置は、どこでもいいのである。
センター側から観戦するのも、それはそれで面白いものであるし。

広島の攻撃時には、Fが赤いメガホンを出して振り回して騒ぐ。
巨人の攻撃字には、私がオレンジのメガホンを出す。
それを遠いセンター近く(左中間中段)の外野席で繰り返すのである。
(周囲の人はおとなしく試合を見ているので、ちょっと異様)

3回か4回の攻防が終わった後のインターバルのときであった。
私は横を向いて友人Fと話していたのだが、その私の肩をトントンと誰かが叩いた。
球場でそういうことをされることはないので、私はビクッっとして、そちらに顔を向けた。

そこには一人の青年が立っていた。
私はさらに驚いた。彼が涙ぐんでいたからである。

「な、なんだ、こいつ」
「あのう、すみません…」
「は、はい?」
「ボクと友達の席は、あそこなんです」
彼は遠くのレフトスタンドを指差していた。

「あそこって?」
「ほらカープの旗が何本も振られているでしょう。あそこの旗の真下の席です」
「?」

よくわからない。
それがどうしたというのだろう?
それに涙目って、なに?

その若者が私に小声で話しているので、隣の友人Fには話の内容は聞こえず、私の腕を
「どうした?」
って感じでつついていた。
が、私にも状況がわからないのだ。

すると涙目のその青年は、こう言った。
「席を替わっていただけませんか。お願いです!」
「?」

「僕たちは巨人ファンなんです。初めて球場に来たんですけど、席が広島応援団の真ん中だったんです」

なるほど、ちょっとわかってきたぞ。涙目の理由が。

「周りがぜんぶ広島弁で…応援団の中にいるのが怖くて」
「…そりゃそうだろう。俺だって怖いときがあるしな…」
(これは私の心の中の声。実際は黙って話を聞いていた)

「あそこで友人と二人でおびえていたら、遠くにあなたがたが見えたんです。カープの攻撃時にすごく熱心にメガホンを振り回して立ったり座ったりする姿が」

それは私ではない。隣のFだけだが…。
なるほど。

「そこで友人と話して、あなたたちになら席を替わってもらえるのではないかということになったんです。それでお願いに来ました。席を替わってください!」

その若者は必死である。本当に涙ぐんでいるのだった。
楽しいはずの野球観戦が(立場の違いだけで)一種の地獄になるとは、とても不憫ことだ。

(つづく)

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2018年12月02日