絶世の美女は、トランスジェンダー [2]
絶世の美女は、トランスジェンダー (2) |
私は、なぜかわからないが、今まで会った女性の中で最も美人で可愛いAさんを見て、 「この人は、男だ」 と、感じた。 もちろん、そんな不思議な奇妙な感覚を明確に持ったのは生まれて初めてである。 私は自分の感じた感覚に当惑したし、茫然とした。 そしてすぐ、彼女から目を反らした。なんか見てはいけないものを見たような気がした。 彼女はちょっとだけこっちを向いて、 「この白いのは、ヒラメです」 と言い、ふたたび海鮮丼にとりかかった。 「あ、そう…」 私はもう一度、御飯をかきこむAさんの横顔を、まじまじと見た。 普通は、そういうふうに人の顔を見はしない。失礼だし、変に思われる。 でも、そのときは、じぃ~っと見るしかなかった。私の感じたことを確かめるために。 う~ん、すっげぇキレイだ。 肌も透き通って、目も大きくてキラキラしてて、まつげもなが~い。(セクハラだが)バストもおっきい…。 でも…。この人は、男だ。なぜかわからないが、男だ。 容姿は完璧に女性で、声もしぐさも完全に女性でしかないけど、この『食べ方』は男だ! 男っぽい女性や、男勝りの女性は、世の中にいくらでもいる。私も何人も、そういう人に出会ってきた。でも、それは女性が男っぽいということだ。 その時私の横にいたAさんは、『姿かたちはまるっきり女性だが、食べている動作と発している雰囲気は、男』にしか見えないのだ。 そうそう…。マンガや映画でよくある設定で、目が覚めたら男女が入れ替わっているというのがあるけど、その中身が男になった女性が、私の目の前にいる感じだった。 隠せない『男感』!これは、なんなんだ? 「なにか?」 Aさんは、私の凝視に気づいて箸を止め、私を見つめかえした。 うわっ!信じられないくらい可愛い!…でも、この娘(こ)…男だ。 これは、いったい…。 ランチの海鮮丼を食べ終えて店の外に出ると、外は5月の陽光にあふれていた。 居酒屋店内の照明が一般的な店より明るくないぶん、光がまぶしかった。 「お得感あるランチでしょ?」 「たしかに」 しかし私は、海鮮丼の味などどうでもよかった。さっきの店内でのあの感覚は何だったのか?…である。 今、私の横を歩いているAさんは、百%生物学的に、間違いなく女性である。 そのうえ類まれなる美貌、しなやかな歩き…。外見には男っぽいところは何もない。 普通にしていれば、ガサツなところもまったくない。 服装も化粧も、『the女性』。 私はチラリと彼女の横顔を見た。 ん? 歯に何か詰まっていたのか、彼女は小指を口の端から入れ、爪で取り除こうとしていた。ほんの数秒の動作だった。 あっ!やっぱり男だ! 私は、またしても、それを感じた。 居酒屋店内の薄暗いカウンター席でなく、5月の太陽の下で、まったく同じ感覚を得た。 そういうしぐさを女性がするのは珍しいが、しないこともない。 そのしぐさそのものではなく、そのしぐさをしているときのAさんの雰囲気が男性のものだった。 言葉では説明できない感覚的なものだが、ともかくそうなのだ。 その2度目の確信の衝撃で、私はどうかしてしまったのか…自分でも、そういう大胆さは初めてで、その後もそういうことがないので、魔がさしたというのか、天使が許可したのか知らないが、私は彼女の顔をじっと見て、 「おまえ、男だろ?」 と、声に出して、はっきり言ってしまっていた。 や、やばぁ。私はいったい何を口走ったんだ! と思うと同時に、 これは私が言わなければならないことなのだ! という『奇妙な義務』の達成感があった。 とはいえ、私は派遣社員として初めてきた会社の一日目で、Aさんと知り合って3時間くらいしか経っていなかった。 むちゃくちゃなことである。 そもそも、私は思ったことをすぐ口にする人間ではない。 誰かにケンカを売るときでも、ちゃんと考えたうえで、 「よし、しかたない」 と自分の腑に落としてから実行する。 だから私は自分自身、自分の『口走り』に自分で驚き、発した言葉の重みに、自分でも衝撃を受けた。 私は彼女との会話では当然ながら、丁寧語で話していたし、呼称も『Aさん』『あなた』『きみ』を使っていた。 それなのに、突然、会って数時間の女性に、 「おまえ、男だろ?」 って、突っ込んでしまったんである。 まあ、ふだんの会話言葉である。 私が、無意識に『おまえ』と言ったのは、その言葉はAさんにではなく、私が見つけてしまったAさんの中にいる『男の子』に発したものだったかららしい。 ずっと年下の人生の後輩の(Aさんの中の)男子に、 「オレの前では、隠れてなくていいんだよぉ」 と言ったのだ。 (と、のちに私は自己分析した) |
(このお題、つづく) |
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