絶世の美女は、トランスジェンダー [4]
絶世の美女は、トランスジェンダー (4) |
それから私は数か月ほど、その会社にいた。 私が参加するはずだったプロジェクトが途中でポシャってしまい、予定より就業期間が短くなった。 その間、私とAさんは、会社内では派遣社員と上司(指示者)として、何事もなく普通に過ごした。 Aさんは、時々デスクで居眠りをした。 机に突っ伏すのではなく、椅子の背もたれに上半身を後方に反って顔を上に向け、口を開けて寝たりした。 とても可愛らしくて、そういう姿勢だと大きなバストが目立ってしょうがないのだが、もう、その姿は私には男でしかなかった。 どうして周囲の誰も、彼女(彼)が男だと気づかないのか? 私には不思議だったが、どうにも誰も気づいている様子はなかった。やはり、女性としての容姿があまりに素晴らしすぎたため、気が付かないのだろうか。 Aさんも、 「誰も気づいているように感じない」 と言っていたし、気づかれれば生きにくくなることを知っていたので、普段はちゃんと女性を演じていた。 長年続けている芝居であるから、ほぼ完ぺきな女性演技であった。 彼女(彼)が自分の身体(女性)と心(男性)のミスマッチに悩んでいることは明らかだったから、私はそれに深く同情はしたが、私にどうにかできることもないので、ともかく平然と当たり前のように、私は心の中では彼女を男として扱い、男として対応した。 そうすることしかできないし、そもそも本人が男と思っているんだから、私の行為は当然のことでしかないだろう。 私がそういうふうな人間(元々からLGBT的なものに普通感しかない人間)だったからだと思うのだが、Aさんは、すぐ私に親近感と安心感を持ったらしい。 私とAさんは、私がその会社にいる期間、友達付き合いをした。 私と彼女(彼)は、アイリシュダンス公演に行ったり、歌舞伎鑑賞に行ったり、海釣りに行ったりした。 そこでは彼女は女性の演技をする必要はなかったし、彼女(彼)には、そういう時間が必要だったのだろう。 私は既に結婚していたが、Aさんは男なんだし、説明のしようもないので、当時は妻には内緒で出かけた。 私が派遣期間を終えて会社を離れると、私とAさんの付き合いも自然に消滅した。 妻に彼女(彼)のことを話したのは、それから数年後であった。 それは、AさんからハガキだったかEメールだったかが来たからだった。 懐かしいな。どうしたのかな? その文には、 「彼氏(男性)とよりを戻して結婚して、子供ができました」 と短く書いてあった。 おお、やった!よかったじゃん! よかった…のか? あいつ、無理してないのかな…。 それが気になったが、私がどうこうできる問題でもなかった。 私は、いい機会だと思い、そのことを妻に話した。 Aさんという【男性】のことを。 ただし、どこの誰かは言わなかった。言わないという約束があったからだ。 妻は驚いていたが、不思議の国の話のように聞いていた。 私は以前、Aさんから、 「やっぱり自分は男なんだけれど、バイセクシャルでもなんとかいける」 ということや、彼氏(男性)のことも聞いていたので、彼女(彼)が書いていたその短い文章の意味がよく理解できた。 私はAさんに祝福のメールを出した。 その後、お互いに連絡を取り合っていない。 日本も早く北ヨーロッパみたいな『枠のない自由さ』を実現するような社会にならないかなぁ。 (もちろん、北欧も、そういうイメージだけが先行していて、そうでもない現実もあるのだろうが…) ときどき、 「あの娘(こ)は、いや、あいつは、どうしているのかな」 と、彼女(彼)を思い出す。 それは今まで出会った人間の中で、彼女(彼)が、一番美しかったからである。 そして、心も【男前】だったからねぇ。 男性が女性の美醜を語れば差別になるのだが、Aさんは男性だから、いくら美形だと褒めても感嘆してもいいでしょ? |
(このお題、終わり) |
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