関西風お好み焼きの店で【備後風】を焼く [1] (お好み焼きへの偏愛が招く文化摩擦?)
関西風お好み焼きの店で【備後風】を焼く(1) |
お世話になっている会社の打ち上げや忘年会などが、お好み焼き店で開かれることがある。 たいがい、そこは関西風お好み焼きのお店だ。 私は育った家が【備後風お好み焼き】店だったため【備後風お好み焼き】で育ち、【備後風お好み焼き】をすごく贔屓(ひいき)する。 【備後風お好み焼き】びいきの私ではあるが、いわゆる広島風(私の定義では【安芸風】)も関西風も大好きである。 【備後風】が好きだが、他の『焼き方(調理法)』を否定は…しない。 「【備後風】だけが、お好み焼きだ!」などという愚なことは言わないし、そういうみみっちい人間ではない。 でもまあ、【備後風お好み焼き】は私のソウルフードだから、贔屓の引き倒しにならない程度に、やはりすごく贔屓はする。 これはもうどうしようもないことだろう。 というわけだから日頃、 「自分の実家が広島のお好み焼き店ではあるが、その調理手順は広島風と少し異なる」 ということを熱く熱く語っていた。 その日、関西風お好み焼店で、誰かが、 「お好み焼きは、○○(私の名)に焼いてもらおう。れいの備後風とかで」 と言うと、皆が賛同した。 「それがいい。話だけだとよくわからんから実際に見たい」 という趣旨である。 ふ~む…。 私は大人になってからお好み焼きを自宅で作ることはあまりないし、作っても関西風に作る。家庭で鉄板もなくフライパンだけで作るなら、それが簡単だからだ。 【備後風】で作ることは時々しかなかった。 口先では熱く【備後風お好み焼き】を推しながら、実際は【関西風お好み焼き】に魂を売っているダメ人間だったのである。 ふふふふふ。しかし何の心配もない! 私は子供の頃、毎日のように自分で好きなだけお好み焼を焼いて食べた。 鉄板は、父親が鉄工所で製作した特注であり、お好み焼きをひっくり返してから『押しつぶす(※一般的には、お好み焼きのではダブーは調理法だが、備後風ではポイント)』ための特殊専用器具まで、父が母の命令で作っており、私はそれを自分の手足のように使っていたお好み焼き職人だったのである。(足は使わないが) 顔見知りのお客さんであれば、母の代わりに私が焼いたりすることもあった。 そう、私はプロだ! 私は食べていただけではなく、実戦で何百枚も焼いていたのだ。 自分で焼いて食べ他お好み焼きの枚数は、4ケタを超えているはずだ! わははあははははは。恐れ入ったか! というような気持ちは表に出さず、平常心で、『備後風お好み焼の実演実食』のリクエストを私は受けることにした。 まあ、日頃からかなりの『【備後風】大プッシュ』をしていたから、そういうリクエストがあれば引くに引けない、ということもある。 ただ問題がある。それも大きな問題だ、 その店は関西風お好み焼の店なのだ。 まず、当たり前だが、お好み焼の材料が小さな金属のボウルに入って運ばれてくる。 生地(小麦粉などを水で溶いたもの)も具も一緒になっている。 これは、エントロピーの法則からしても、広島風(【備後風】【安芸風】)のお好み焼を作るのが困難である。 だが、これは生地の液体だけ別の容器に移し替えることで、なんとか『生地と具の分離作戦』で対応できないこともない。 ただし、具(野菜や肉など)に生地がからまってしまっているので、分離できる生地(液体)は、とても少量になる。 前に別項で【備後風】の調理法を説明したのでお分かりだと思うが、 『具(野菜や肉など)に生地がからまってしまっている状態』は、【備後風】調理法にとっては悪いことではない。 (【安芸風】いわゆる一般に言う【広島風】としては致命的にダメであるが…) よって、関西風として用意されたお好み焼のボウルから分離した生地(小麦粉などの液体)で、最初のクレープ状の円盤さえ作ってしまえば【備後風お好み焼き】にかなり近いものができるのである。 私はボウルから分離した生地の液体を鉄板上でなんとか広げて、まずフレープ状円盤を作った。具と分離できた量が少ないので、どうしてもその面積が小さくなるが仕方ない。 そしてその上に、ボウルの中の具をできるだけ固めないように、キャベツ、肉、その他というように積み上げた。 『具(野菜や肉など)に生地がからまってしまっている』ので、『つなぎ』としての生地(小麦粉の汁)をかける必要はない。 じゅ~じゅ~じゅ~。 そのまま裏面を焼く。 しばらくして、裏面がしっかり焼けたら、それをひっくり返して、表面を焼く。 表面が適度に焼けたら、卵をその横で割って崩し、その卵の上にお好み焼本体を乗せる。 卵が好みの硬さになったら、それをひっくり返して出来上がりである。 (つづく) |
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