小切手帳【任天堂バレーボール原作者の悲喜劇】 [4]

小切手帳【任天堂バレーボール原作者の悲喜劇】(4)

私は目の前で、二ヤついている男がほんとうにイヤになってきた。
そもそも、なぜ私がこういうふうな立場にされるのだろうか?

私は子供のころから、母親が時に泣くほど『いちがい』な人間だった。
広島弁の『いちがい』は、【あまのじゃく、ひねくれもの】という語感だが、あえて”善く”言えば、【一徹、(へんな)筋を通す】という意味でもある。


ここで小切手帳に金額を書いたら、小金持ちにはなるだろが、この変な『法的にも人格的にも不正な扱い』を認めてしまうことになる。
アメリカの裁判などで出てくる『取引』みたいである。

こんなの認められる?

当時のゲーム業界はバブリーであり、異常であったが、それにしても…。
なんだ、これは!
アホくさい。

私は目の前の小切手帳が小汚く思えたので、それに触れもせず、
「おまえから、金なんかもらえるか! もともと自分に権利があるのに、これじゃぁ物乞いみたいになってるじゃないか。おかしいでしょ?これって」
と、言い放っていた。

(う~ん、そう明らかに私に権利がある、”私のお金”ではあるんだが…。なぜ、この男が偉そうにしているのか?)

私は、一種、素晴らしい爽快感に包まれたが、同時に数千万を失った。
(本来は数億?)

ただし、矜持は守れた。
この矜持は、人としては重要なものだけれど、資本主義社会に生きる者としては、まあダメ人間なんだろう。

これはウソのような、本当の話だから、今もその会社にいて、すべてを見ていた妻に、
「あれはバカしたよね」
と、その後長い間攻められることになるんである。
(そういや、今は、もう言わないな…)

私が予想外の言葉を放ったからか、目の前の男は、一瞬だけ、
「えっ?」
いう表情をしたが、すぐ、
「やった!」
という顔になった。

その瞬間、私は、
「ありゃ、気持ちはよかったが、こいつの得になるだけだったな」
やや我に返った。

といって、別に後悔はしなかった。

「好きな金額をやる」
と言ってはいるが、億単位の金をくれるはずはなく、K氏と同程度か倍程度の金額になるくらいだろう。
そのくらいなら、この目の前の男にもらわなくても、そのあと稼げるだろうと思っていたからである。

そもそも、私はバレーボールの原作の権利をこの会社に渡しておらず、パックスソフトニカという会社が勝手に任天堂と取引をしている。
この社長は債権をたてにとって社長になり、それ以前の私の契約を無効にしたのである。
この場でいくらであっても金銭をもらえば、それで権利を売り渡した、あるいは放棄したということにされてしまいかねないではないか。

そして、矜持である。
ゲームだって芸術である。
金で頬を張られたくないではないか。

まあ、つまりは、私は若くアホだったわけであるが、その後に人生で自分自身の矜持にはなったから、そう損ばかりの話ではなかったと、今でも思っている。

目お前の男(社長)は、
「おまえにだけそういう金がやれないだろ?(私は一介の社員でもなく原作者なんだが…)まあ、ここで働け。給料で払うから元は取れる」
と、笑った。

まあ、それはそうかもしれなかった。
私は社員ではなかったが対外的には『部長』と印刷した名刺を持って、そう名乗っていたので、それなりの処遇はしてもらえただろう。

彼は会計士の社長らしく、会社ではボーナス以外に、
「税金で取られるくらいなら、みんなに出そう」
などと言って、5~6人しかいない社員を集めて、机に積んだ札束を手渡したりしていたのだから、彼の意に沿って家来となれば、それなりの優遇もしてもらえただろう。

しかし、アホらしくもある。

私は、その後、いくつかのゲーム開発に携わり、それらが一段落ついてから、その会社と縁を切った。社員ではなかったので、退職ではなく『縁切り』というのが正しい。

後に私の妻となる女性は、社員だったが、私と付き合っていることを社長に知られ、
「お前はスパイになるから、クビ! 退職金もなし。自分都合で辞めたことにする」
と言われた。

う~ん、意味不明。

彼女は気の弱い女性なのだが、あまりに理不尽なことなので、
「退職金はもらいますし、会社都合でないと辞めません」
と、当然の権利を主張した。

すてきだぞ、我が妻よ!(そのときは、まだ結婚してないけど))

が、退職金はもらえなかったし、退職書類を作ってもらえず、自分都合で辞めたことになった。

会社が儲かっているので、社員全員での海外旅行が実施される予定だったが、彼女はそれも外された。
ひどいものであった。

彼女が黙っていたから、私はそのことを、かなり後で知った。
私と付き合ってたことでそういうトンデモナイ目に遭ったわけで、気の毒なことをしたものだ。

(このお題、つづく)

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2019年01月03日