小切手帳【任天堂バレーボール原作者の悲喜劇】 [3]
小切手帳【任天堂バレーボール原作者の悲喜劇】(3) | ||
目の前の男(会社を乗っ取った社長…もちろん商法上は正規に…)は、私を見てニヤニヤと笑っていた。 あ~、気に入らない。 「PC-6001のバレーボールの契約書はあるから、それの権利はお前に当然あるけど、お前のゲームが原作だけど、任天堂のバレーボールについては(書類がないから)お前には何の権利もないんだよ。でも可哀そうだから、金をやろう。そしてこの会社で働けば、いい給料は出す。部長にしてやる。それでいいじゃないか」 と言うのであった。 (そのときオブザーバーとしてその場にいた2人の重要人物がどういう態度だったかを書きたいが、直接関係のないことなので、今は書くことは遠慮しておこう) 任天堂にU氏が持ちこんだのは私のPC-6001のバレーボールゲームであり、いうまでもなく類似のバレーボールゲームなど一切世の中に存在せず、私が原作者である。 だからその原作を発売するパックスソフトニカという会社に、任天堂バレーボールの開発が任されたのである。 権利関係の書類がないなら、この会社にも何も権利はなく、私の原作を売る権利もないはずだが、そのときは私はそういう理屈もわからず、 「たしかに契約書がないのは失敗だったなぁ」 と、見事に変なインチキロジックに騙されたのである。 私には会社と交わしたバレーボールゲーム【アタック・フォー】についての簡易な契約書はあったが、『任天堂に原作として売り込む』というような想定が全くなかったので、それに関する記述は、確かになかった。 そもそも会社の前の社長さんを信頼していたし(…その後も10年以上、ともにゲーム開発をした)、それまで何も問題なかったからである。
会計士が全部そうとは思わないが、この男は、 『金ばかりを基準にして人生を考える』 という人間だった。 この場合、彼が人として善人か悪人かという問題葉関係ない、 彼は善人だったと、私は今でも思う。 彼の価値観に私が従う限り、すごく優しかったし、ケチ臭くなかったし、思いやりもある人間だったのだ。 だから社員でもない外部の人間だった私を、アメリカのゲームショー視察にも連れて行ってくれた。(バレーボールのご褒美で、会社では私とH氏の二人) う~ん、そう。いい人なのだ。たぶん。 ただ私はまだ若かったし、もともとの私の性格としても、どうしてもそういう金銭だけの価値観世界を押してくるというのが気に入らなかった。 だから、目の前にいて、私に小切手帳を投げつけた、その男が好かなかった。 「考えて、5分以内に金額を書け。それを過ぎたらそのあとは話も聞かないし、1文もやらない」 彼にどういう権利もないのだが、目の前の男はそう言った。 今考えると、私はただの子供だった。 そういう問題ではないのである。 そのときも、 「なにか、おかしいだろ、これ?」 と、私もわかっているのだが、それを具体的に指摘できなかった。 私は、小切手帳を見ずに、目の前の男を睨んでいた。 「ああ、この男が好かない!」 という感情が抑えきれない。 とはいえ、普通にお金は欲しい。 まして【当然の権利である】。 私が関係する契約書類はないが、任天堂のバレ-ボールゲームは、私のオリジナルそっくりである。 任天堂がそう指示し、私が原作のMSX版を改良している横で、私も自由に原作者として意見を言いながら開発され、【アタック・フォー】に似せ、そこに任天堂のエンターテーメント力を加えて作ったゲームなのだ。 私は他機種(PC-6001?)への移植(or…MSX版の修正?)をしていたし、ファミコンの開発経験がので、任天堂用の開発には直にかかわらなかったが、いつも開発の進行を見て意見を言っていた。 私のゲームなのだから、当然ではある。 お金の問題はもちろん大きいわけだが、私の原作者としての立場やそれに対するリスペクトというものはないのか? あんたは、金だけの人生なのか? (つづく) |
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