小切手帳【任天堂バレーボール原作者の悲喜劇】 [2]

小切手帳【任天堂バレーボール原作者の悲喜劇】(2)

そもそも、私のバレーボールゲーム原作者としての権利は、どうなっているんだ?
こういう扱いをされるべきものなのか?

この話のポイントなので言っておくが、これは冗談でも芝居でもなく、根拠のある権利関係の交渉なのである。8桁前半の金額なら確実に貰えた交渉なのである。
その小切手帳に、8桁の金額を書くだけでいいのだ。

当時はコンピューターゲーム・バブルである。
一部の者は、おかしくなっているところがあった。

私は世界発売された任天堂バレーボールの原作(原案)者であり、それは私のオリジナルゲームであるPC-6001やMSX機版『アタック・フォー』をもとに作られて発売された。

私のオリジナルゲームが任天堂のお気に入りとなり、任天堂がそれを元に、私がいた(社員ではなくライセンス契約していた)会社に開発を発注したのだ。
私の原作である『アタック・フォー』も発売するし、作者の私もいたからである。


いまさら思うが、私抜きで、パッソクソフトニカと任天堂はどういう契約をしたのだろう?

私は原作権について放棄していないし、そういう話し合いもないし、私が開発したゲームについてはすべてライセンス契約をしてきたのだし…。
だから私は、
「オレって、いくら儲かるんだろ?」
と、ウキウキしてたのだが、小さく脅され、大きく騙されることになるわけである。

少し前に、Uという人物が、その私のバレーボールゲーム『アタック・フォー』を任天堂に持ち込んで交渉し、ファミコン化を実現した功績で、2千万円ほどの成功報酬を受け取っていた。
私はそれを当人から聞いて知っていたが、その金額が本当かどうかは知らない。
もっと多かったかもしれない。。

彼が私に、
「原作者で著作権者のおまえが、1円も貰えないなんて、おかしいだろ。オレでさえ(四捨五入すれば、一日営業しただけで)、2千万円貰ったんだから。ちゃんと話をつけたほうがいいぞ。おまえのゲーム原作で会社はその10倍20倍も儲けているんだからさ。それにお前は社員でもないんだしな」
と、アドバイスをした。

そうなの?
でも、オレ、ちゃんとパックスソフトニカと契約してるんだけどな。心配ないでしょ。

彼は私がPC-6001用(※販売はMSX移植版)に開発し(乗っ取られた会社が)販売していた『バレーボールゲーム(スペック制限で4人制だったので遠慮して【アタック・フォー】と命名』を任天堂に売り込みに行き、見事にそれを成功させた、ちょっと得体のしれない人物だった。
その功で、ボーナスの2000万円をもらっていたのである。

しかも彼も私と同様に、その会社の社員でも何でもなかった。
『誰かの関係者で、会社に出入りしていた人』である。
わけのわからない時代であった。

そう。私もその会社の社員ではなかった。
ゲーム単位でライセンス契約をしていただけの、独立したゲーム開発者であった。
(後に私の妻になる人は、そこで正社員として働いていたが)

私はその会社が乗っ取られる前から、その会社(の代表者)と良好な付き合いがあり、その会社で発売した私の開発したゲームの著作権は全て、(当たり前だが)私に帰属していた。全てそういう契約であり、そういう契約書も存在した。

ところが、その会社が乗っ取られてしまったため、色々なことがぐちゃぐちゃになっていたのだ。

そのあたりの経緯は色々あるのだが、簡単に言えば、

(1)私が開発して、その会社で販売された『バレーボールゲーム【アタック・フォー】』が、U氏の奔走で任天堂に気に入られた。
(2)そのため私がいた会社と任天堂に縁(契約)ができた。 しかし会社のメンバーというのは、私も含めて、ゲーム作りは好きでも世の中のことに疎い人間ばかり。
(3)そこに合併前の別会社の会計を担当していた外部の会計士の男が登場である。 彼は、さすがにお金や権利を扱っていたプロだけに、『任天堂が気に入ったゲームを保有している会社(実際の保有者は私。会社に権利を譲り渡してない)』の価値を正確に見抜いていた。
(4)ゲーム開発会社に関心などなかったが、「これは金になる」ということで、債権をかたに社長になってしまったわけである。
(5)任天堂に『アタック・フォー』が持ち込まれて縁ができたときに、彼はまだ社長でも何でなく、勝手に社長として乗り込んできたあとで、「これはすごいことだ」と気づき、いろいろ画策し始めた。
(仲がいいとき、彼が私に取り入るため、いろいろ直に私に話してくれたので、彼の考えはよく知っていた

【アタック・フォー】が、任天堂ファミコン【バレーボール】の原作であることは事実だけれど、私は私の知らないところで、それを任天堂に売られてしまったということでもある。

そして、それを契機に、この潰れかかっていた小さな会社が、任天堂との関係で信じられないくらいバブリーになったということでもある。
そのバブリー話はとても面白いし、その乗っ取り社長の見事な手腕(任天堂との交渉、社内での飴と鞭と分断による支配)はドキュメンタリー価値もありそうだが、なかなか言えないこともあるし、この【小切手帳事件】とは直接関係がないので書かない。

そういうゲーム世界の…いや世間もか?…バブリーな世相の中で、色々なゴタゴタがあり、私の目の前に放り投げられた【小切手帳】があるわけであった。

さて…。

(つづく))

<--前 Home 一覧 次-->


<スポンサーリンク>

2019年01月03日