(大昔の)大阪万博の苦い思い出 [3]
(大昔の)大阪万博の苦い思い出 [3] |
接骨院というより『骨接ぎ師の家』は古びた雰囲気で、病院的な感じではなく、仙術とか忍術道場の控室のようであった。 おそらく、壁などに貼られた人体骨肉図や中国鍼灸術のツボがびっしり描かれた掲示物の妖しげな雰囲気で、そう感じだのだろう。 どうも診察時間外に来てしまったようで、先生が出てくるまでに時間がかかった。 しばらくすると、いかにも、 「夕食の途中だったのに…」 と言いたげな表情の長い白髪の初老の先生が現れた。 私も弟も、その仙人風の容姿に驚き、 「おお…」 と、心の中で怪しんだ。 (弟は腕の痛みで、それどころじゃなかったかも) 「どうしたんかの?」 と、弟に向かって座った老先生が口を開いた。 なにやら、威厳のある声であった。 どうやら柔道の有段者で、今は痩せてしまっているが背は高いし、昔はかなりの猛者だったのではないか、という雰囲気…。 「肘の関節が外れたようなんです」 と、叔父が説明した。 老先生は、ふむふむ…と頷いた。 「では、みましょう」 老先生は、弟のだらりとしたままの腕の肘あたりを触診していたが、やがて、 「かんぜんに、外れとる」 と、つぶやき、 「元に戻そう。関節を入れるのは一瞬だが、ものすごく痛い、我慢しなさい」 と、弟に言った。 弟の顔に恐怖の色が浮かんだが、先生は意に介さず、弟の前腕と上腕をつかんで、 「えええいっ!」 という気合とともに、弟の外れていた肘関節をはめ込んだ。 弟は、 「ぎゃっ!」 と喚いたが、数秒の出来事だったので、痛いというより、きょとんという表情をしていた。 「さあ、肘の関節を元に戻したぞ。動かしてみなさい」 老先生は、ゆるやかに優しく、弟に語り掛けた。 ただ、私も叔父も弟も気づいていたが、弟の腕は『だらり』としたままで、変化したようには見えなかった。 「さぁ、手をあげて」 老先生は弟にそう言い、弟は懸命に腕を上げようとしているが、まったく上る気配がなかった。 私は、弟の戸惑う姿を見て、心の中で、 「このジジイ、下手ぴぃじゃけ、関節がはまってないんじゃなぁか?」 と不審を感じた。 弟は、できません、と首を振っている。老先生も、なんでじゃ、と首を振っている。 先生の威厳と自信に満ちた表情は一変し、やや焦りを感じているようであった。 「そんなはずはないんじゃが…」 と老先生は、弟の左腕をあちこち触っていたが、しばらくして、 「あっ!」 と、小さく叫んだ。 私と弟と叔父は、びくっとして、先生の顔を凝視した。 老先生は、呆れたような顔をして、 「肩の関節も、はずれとる。肘も肩もいっぺんに外れとるのは珍しいわい」 と、眉をしかめた。 そして、弟の顔をまじまじと見て、 「なにしたら、こうなる?」 と、訊いた。 「プロレス…」 と、弟が小さな声で答えた。 「ドロップ・キックをよけたけぇ…」 と、私が付け加えた。 「ドロップ・キック?」 老先生は、不思議そうな顔をしていたが、 「そんじゃ、肩を入れるで」 と言い、再び気合を込めて、弟の肩関節を元に戻した。 左腕全体にかなりの痛みを感じているようだったけれど、弟の左腕は、それでやっと動かせるようになった。 (このお題、つづく) |
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