白い猫 [1] (大学生のボクが、下宿のボロアパートでこっそり捨て猫を育てるが…)
白い猫(1) |
大昔の話。 大学入学で上京して最初に住んだアパートは古い木造二階建てで、私のその一階の湿った角部屋であった。 当時は珍しくないことだが、部屋を入ったすぐのところに、小さな流しと小型ガスコンロが置けるスペースがあるだけで、風呂は無し、トイレは共同(和式のみ)だった。 仕送りはなく、バイトと2つの奨学金で学生生活をしなければならなかったので、そういうレベルのアパートに住むことになる。 特にボロな住処ということもなく、地方の標準以下の収入の家庭から上京してきた男子学生にとっては、普通の古さ、小汚さなのである。 翌年、二階の部屋が空いたので私はそこに移った。 その冬のある日、アパートの外で、か弱い子猫の鳴き声がした。 上京するまで、実家ではずっと猫を飼っていたので、私は猫が大好きである。 だから、猫の声には、すぐ反応する。 外に出てみると、アパートの横の空き地で、痩せた産まれて間もないような真っ白な子猫が震えて鳴いていた。 眼のふちや鼻の頭、耳の内側、肉球の肌色が透き通っている。 「うわぁ…」 猫好きにとっては(いや誰にとっても)、これは一種の悪夢である。 とくにアパート住まいの貧乏学生などには、悪夢中の悪夢である。 この腹ペコで凍えて死にそうな子猫を、一時的には世話することはできる。 暖かい部屋の中で、食べ物を与え、こたつの中で眠らせることもできる。 足元で鳴いている、この気の毒な仔猫の危機を救うことはできる。 しかしその後は、どうしていいかわからない。 アパート賃貸のルール上、猫といっしょに暮らせないからである。 しばらく世話はできるだろうが、そのあとは、今、この子猫がされているように、私もまた、数日後に、この子猫をどこかに置き去り(置き捨て)にしなければならない。 そういうことが頭の中をよぎったが、 とにもかくにも、私はその仔猫を拾い上げ、部屋に連れ込んだ。 幸いなことに、誰にも目撃されていなかった。 子猫の体は綿のように軽く、冷たかった。鳴き声は、かすれていた。 私は子猫を、すぐコタツの中に入れた。 それから冷蔵庫の牛乳をほどよく温め小皿に少量入れて、コタツの中にもぐりこんで、子猫に与えた。 仔猫は体が温まったため安心してだろうか、毛づくろいをしていた。 「毛づくろいするような体力があるようには思えないんだが…」 私は、なにか不思議な光景を見ているように感じた。 子猫は、何かにとりつかれたみたいに、ペロペロと自分の体を舐めていた。 そして、目の前に牛乳を置かれても、それをやめないのである。 私は、こたつの中の赤外線ランプの下で、子猫の鼻先をミルクを入れた皿のほうに、グイっと強制的に向けた。 ところが、その猫は、それでも毛づくろいをやめないのだ。 体はガリガリだし、お腹も空いているはずなのに、牛乳に見向きもしないとは…。 「へんなやつ…」 私は、多くの猫を見てきたが、こういう猫は初めてだった。 もしかして、牛乳が嫌いなのか? などと考えていると、その白い子猫は、しばらくして牛乳の存在に気づいた。 牛乳に気づくと、毛づくろいをやめ、皿に近づいて、ペロペロとゆっくり舐め始めた。 お腹が空いているはずだが、ガツガツしたところがまったくなかった。 普通ならこういう空腹時には、必死で舐めるのが猫であろう。(偏見?) (つづく) |
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