ロサンゼンルスの迷子 [3]

ロサンゼンルスの迷子(3)

ちょっと落ち着いてグルリと周囲を見渡すと、立ち並ぶ建物の間から『Holiday Inn』の緑のサイン(電光看板)が見えた。
砂漠の中のオアシスとか言うけれど、私にとってそれは『夕暮れの異国の空に浮かぶ避難所』であった。

「あそこなら15分くらいで行けそうだ。そうだ、ホテルなら大丈夫だ。タクシーだってあるはず」
と私は考えた。

飛行機の時間の心配があったので時短が必要だ。
私は大通りを直角に進むようなことをせず、その緑のサインに向かってできるだけ直線距離で歩くことにした。
そのためには、横道や裏道、そういうものを通らねばならない。

あたりは薄暗くなり裏通りには街灯もまばらで、スペイン語だらけの古いさびれた街並みが続く。外を歩いている人は多くないし、彼らのその服装は綺麗ではない。

私はたいしてよい服装ではなかったが、黒いズボンに白いシワのないシャツ、そしてサスパンダー。首からはコンパクトカメラを下げている。それに東洋人。街では浮いている。
明らかに『よそ者』であるし、『カモ』に見えるかもしれない。

ある通りを曲がると進行方向の歩道に5人ほどの若者がたむろしていた。手にはバットとか鉄パイプみたいなものを持っている。なにもされないだろうけど、
「おいおい」
である。

私は何気ない風を装って(実際はかなりわざとらしく見えただろうが)、道路を渡り反対側の歩道に行った。そして演技で何気ない様子をしながら、彼らの視線を感じつつ歩いた。
私は決して彼らのほうを見なかったから、私の感じたのは雰囲気(私の勝手な感じ方)である。

そこを無事に抜けて、「ふぅ~」と止めていた息を吐くと、左側のレンガの建物の窓から誰か覗いているのに気づいた。酒場らしかった。
私は、
「オレは東洋人で、ちょっと小奇麗な服装をしているが、もう何年もこのあたりに住んでいる写真家みたいな芸術家である」(空想)
というふうに自分で自分に言い聞かせた。

「だから、このへんは庭みたいなもので、実はキミたちとも交流がある。歩いているのは慣れた帰り道で、何もなんともないぞ!」(空想)
というような『一人芝居』をしながら歩いた。
心臓がドキドキしていた。

「黙ってみんなから離れ手別行動したから、やっぱ罰が当たったなぁ」
とか考えながら、ビビりつつも、あえて大股でゆっくりゆっくりと歩いた。

15分と思ったが、実際は30分以上かかって『Holiday Inn』の緑のサイン下までたどり着くことができた。あたりはすっかり暗くなっていた。
その暗い空間に沈むように、そのこじんまりとしたホテルはあった。

そのとき時刻は7時くらいだった。
ここでタクシーに乗れれば、なんとか9時発の飛行機に間に合いそうだった。

「よかったぁ~」
私は安堵のあまり泣きそうであった。怖かったぁ。

鉄筋コンクリートのしっかりした建造物のホテルはホテルだが、内装は簡易な感じであった。そしてフロントに若い白人女性が一人いるだけだった。

私はフロントの前に立ち、
「タクシーを呼んで欲しい」
と彼女に丁寧に頼んだ。

私の英語がわかりにくいにせよ、数メートルのところに彼女は座っているである。こちらに顔を向けてもよさそうなものなのに、雑誌を読んでいる姿勢のまま動きもしなかった。

もう一度、声をかけたが同じである。無視である。

私はむっとしたが我慢して、1ドル札を出して、もう一度同じことを言った。すると彼女は顔をこちらに向け、
「わかった」
というような表情をした。そして無線機か何かで何かつぶやいた。

それから横の扉を指差した。
どうやら、その扉の向こうにタクシーの駐車場でもあるようであった。

私は彼女の態度が気に入らなかったが、彼女がいたからタクシーにも乗れるのだと思いなおし礼を言って扉に向かった。
私が扉の前まで行ったとき、外から扉を開けて30歳くらいの黒人男性が入ってきた。

それがタクシードライバーのグレゴリー君だった。
(以下親愛の意味もありグレゴリーとし敬称を略す)

私は彼にロサンゼルス空港までどのくらいかかるか、まず尋ねた。高速道に乗れば、30~40分というので、私は安心した。

これで日本に帰れる。

(つづく)

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2019年01月20日