知床羅臼岳山頂付近で始末書 [3]

知床羅臼岳山頂付近で始末書(3)

テントに戻って、中で湯を沸かしてお茶を飲んでいると、テントの外から声がかかった。
なにやら、怒っているような険しい声色であった。

先輩がテントから顔を出す。そして外に出た。
声をかけてきたのは我々とそう年齢が変わらない青年で、あとで北海道大学の登山部の人だと知った。
彼らはボランティアでこの羅臼平に交代で常駐し、自然保護活動をしていたのである。

用件は詰責であった。
彼の指摘は、我々がテントを張った場所は指定地から外れており、テントを張るため掘った側溝で貴重な高山植物を掘り起こし、加えて高山植物の上にテントを張って潰すというダブルの過ちを犯している、ということだった。

先輩はなにやら抗弁していたが途中で諦めた。
山のベテランであり自然保護など十分承知していた先輩であったが、この場合はどうやら勘違いがあったようだった。

というのは、我々がテントを張った場所は一面の砂地(にしか見えない)であり、高山植物など見当たらなかった。だから我々には、高山植物を傷つけたという実感が全くなかったのだ。

「このあたりは今は枯れてしまいちょっと見にはわからないのですが、高山植物の根のようなものが地下にあるのです。ですから掘り起こすともう生えてきません」
そういうことなのであった。

高山植物はとてもゆっくりしか育たない。そしてほとんどが貴重種である。
人が入る場所では、人が保護しなければならないのである。

我々は素直に謝罪し、テントを移動した。
そして、保護ボランティアさんの差し出したノートに【始末書】を書いた。

「形式的なものです。どこにも提出などしません。でも活動記録と一種のケジメとして書いていただいています。もちろん任意です」
始末書といっても、そういうものであった。

我々は保護ボランティアさんに指示されるまま文面を書いたのだが、十数種類の高山植物名を記すことになった。我々が掘ったりテントを立て荒らしたことによる被害高山植物がそんなにあったらしいのである。

う~ん、ちょっと盛りすぎではなんじゃ…?(本音)

「実はこのごろ高山植物の違法密採集が問題になっているんです。どうも暴力団の資金にもなっていると警察に聞いています。ですからこうして我々が監視しているのです」
という話も聞いたので、そういうことに努力されている方々の思いもあるのだと考え、私は始末書に多くの高山植物の名を書いた。

とはいえ、やっぱり、そんなにたくさんの高山植物を傷つけたとは思わないんだけどなぁ…。
翌日、斜里側に下山したのだが、途中であいさつをしてもまったく反応しないし、目もあわせないグループが2つあった。
なにか様子が変だし、明らかに服装が一般登山者とは違うのである。

すれ違った後で先輩が言った。
「なあ、さっきのやつら。あれが密猟…じゃない、密採集者じゃないか?」
「そうかもしれないですねぇ、なんかこう怪しいかんじ…」

ほんとうに怪しい感じ!
彼らが密採集者だとして、もし摘発されたら、形式的なノートへの始末書では済まないだろうなぁ。
しかし、ギャングなんだから、誰が捕まえるのだろう?
学生では無理じゃないのか

そんなことを考えながら、私は山を下った。

私は下り道も、一心にヒグマよけの笛を吹いて歩いたが、私の心の中では、それは熊への警告ではなく、密採集者への警告になっていた。

ぴっ、ぴっ、ぴぃ~。
高山植物を採っ茶ダメ!

(このお題、完)

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2019年01月24日