北海道の牧場・子牛の出産 [3]
北海道の牧場・子牛の出産(3) |
乳牛(ホルスタイン)たちは、朝夕の搾乳の時以外は、牧場(それも牧草のおいしいところ)で草を食みながらのんびり過ごす。 牧場での作業をしながら手を休め、ときおり牧場を見渡すと、丘陵地形の牧草地の遠くに牛の群れが見える。 朝5時と夕方5時の搾乳の時には、牧場のどこにいても、牛たちは列になって歩いて牛舎まで戻ってくる。 その時刻前に、私たちは干草や配合飼料をそれぞれの牛の牛舎内の所定位置に配置しておく。 それから牛舎の扉を開ける。ガラガラガラ…。 牛舎の扉の向こうには、牛たちの集団が、 「さあ入るわよ!」 という感じで待ち構えていて、ゆるゆると歩いて牛舎の中の自分の決まった位置に行く。 彼女たちは、どこが自分の居場所かを覚えている。 最初はそれを見ていて不思議だった。誘導など何もしなくいいのである。 牛たちは自主的に移動し、『自分の位置』に着くと、そこに配置してある飼料を食べ始めるのだ。 もぐもぐ、もぐもぐ。 飼料を食べ始めたとき、牛の頭部は首輪(固定具)をくぐっており、私たちはその首輪をカチャカチャとロックしていくだけだでよい。搾乳の準備完了である。 そして、牛たちがおいしい飼料を夢中で食べている間に搾乳をするわけだ。 「なぜ牛たちは牧草地から、決まった時刻に、自分たちの意思で遠い牛舎まで戻ってくるんですか?」 と、ご主人に訊くと、 「配合飼料がうまいんだろうなあ。訊いたことはないが…」 と笑っていた。 「でも、ときどきすごく美味い牧草に当たるときがあるらしいんだ」 「牧草も味が違うんですか?」 「そりゃ違うだろう。草の種類もあるし成長の具合もある。(若い草は柔らかいから美味しい)。日当たりもあるし、土壌の栄養もある。草が美味いときは牛舎に戻ってこないときもある」 「え?そうなんですか」 「そのうち、わかる」 確かにその通りで、その後何度か搾乳時刻になっても牛たちが牛舎まで戻ってこない日があった。 牛たちのご飯(配合飼料)の準備を整えて牛舎の戸を開けると、いつも群れをなして入場を待っているはずの牛たちが、そこに一頭もいないのだ。 「あれ?」 と思ってキョロキョロしても、どこにもいない。近くにもいない。 小高いところまで移動して、ぐるりと牧場を見渡して探してみると、ずっと向こうの緑色の丘の上で、白黒の置物みたいな牛たちが群れになって屯(たむろ)している。 「あそこは、草が美味いらしいな」 と、ご主人が苦笑いする。 「悪いが、呼んできてくれ」 私は牛舎の横の小高いところに立ち、 「べぇ~べぇ~」 と大声で叫ぶ。 牛たちまでの距離が数百mから1キロ以上のときもあるが、何も遮るものがないので声は届く。 牛たちは私の声に気づく。数頭が私のほうを見る。 そして、 「あ、ご飯の時間だったか…」 みたいな様子でゆっくりとその数頭がこちらに向かって歩き始める。 最初に歩き始めるのがリーダーなのか? 数頭が歩き始めると、寝転んでいた牛たちも立ちあがり、それに続く。 そして、距離によるが、文字通り牛歩で、数十分かけて牛舎まで戻ってくるのである。 我々は、苦笑いしながらそれを待つしかない。 2度ほど、いくら「べぇ~べぇ~」と私が叫んでも、(聞こえているからこちらを見る牛もいるのだが)、牛の集団が牧草地に居座ったまま、まったく動かないときがあった。 よほど、その場所の牧草がおいしかったのだろうか。 そういうときは、こちらから出向いて彼女らを引率しなければならない。 丘を越え川を渡り、牛のところまで行かねばならない。牛のいるところまで行って、私と子供たちとで牛たちを追い立てるのだ。 「さあ立って立って立って。歩いて歩いて、牛舎に帰るよぉ~」 しかし、呼んでも帰らなかった牛は、私たちがそこまで行って追い立てようとしても、なかなか牛舎に帰りたがらないのだ。 「今日は牧草地の草が美味しいので、配合飼料は要りません。ほっといてよ」 って感じである。 そういうときは、仕方ないので、小枝や大きな草の茎をムチにして、パシパシと牛の背中や尻を叩くのである。 牛にとっては全然痛くはないのだが面倒くさいから、 「ちぇっ」 というような態度?で、いやいやながら牛舎に向かって歩き出す。 私と子供たちは、アルプスのハイジみたいに、のどかに牛の群れとともに牧草地を牛舎を目指して歩いてゆく。 牛のいた場所によっては、往復に1時間はかかるので、予定の搾乳時刻は大幅にずれてしまう。いくらズレても毎日朝夕、かならず搾乳しなければならない。 「牧草で満足してるのなら、わざわざ配合飼料を食べさせなくても、一日くらいほっといてやればいいのでは?」 と私は思っていたが、それはダメなのである。 ホルスタインは、牛乳を多く生産するために品種改良されている。そのため、妊娠していなくても毎日毎日乳を体内で作り、それが乳房に溜まる。 この体内の乳を搾って出してやらないと、病気になってしまうのである。 毎日乳を搾ることは、生産量の確保(収入)ということではあるが、牛の健康のためにも絞ってやらねばならないのである。 (つづく) |
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