<1987年1月>ラスベガスのCES視察旅行
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1987年1月 Consumer Electronics Show | |||||
| この項は、 (A)-③ 『私(本谷浩明)とパックスソフトニカの親密な協力関係』 『勝手に流用された任天堂バレーボール関連の入金は、どこに使われた?』 の説明 | |||||
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| 任天堂バレーボールの成功を祝し、 ラスベガスのCESを視察 |
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| 1987年1月、アメリカの『Consumer Electronics Show』に行く。 |
| 前年1986年7月21日に、任天堂バレーボールが発売され、パックソフトニカには、お金がバンバン入ってたが、飛行機は格安便だった。ゲーム開発とは無関係なことに、お金が使われていたのだ。(~_~;)…この写真は、”それ”がわかるのだが…。 |
| まだ、私(本谷浩明)とパックスソフトニカが協力できていたころ。楽しそうでしょ? |
| 任天堂バレーボールの入金が、権利者でありディレクターであった私に渡らず、パックスグループによって、W氏の店に流用されたことを直に聞いて確認できた旅行でした。 |
| 埋もれた歴史…。私がこうして書いたり写真を出したりしなければ、私の存在は『なかったこと』にされたままだった…。う~ん、ひどい話だ。 |
| ※何度かの引っ越しで散逸しましたが、かなりの写真が残ってます。スマホがない時代なので写真が残ってただけ幸運でした。 |
↑下の写真(左、中央)のW氏のお店に、 パックスソフトニカに入った 任天堂バレーボール言関連のお金が 流用されました。 これは、無茶苦茶なことです。 私(本谷)と橋下氏ははその流用を、 立本氏とW氏から直に聞いてます。 この旅行で、私はW氏と仲良くなり、、 「お金、ありがとうな」 と、面と向かって感謝されました。 W氏に、直接感謝されましたが、 私が投資?したわけではなく、 立本氏が勝手に流用したものです。 「この流用を放置するのか?」 ということは、人間性を問われます。 私はパックスソフトニカの社員でも 何でもないフリーランスなのですが、 『私(本谷)の権利とお金』 を盗用されているわけですし、 橋下氏もお金に困っていたので、 パックスソフトニカの役員の橋下氏に 「会社のお金を流用している立本氏を訴えなよ」 と勧めましたが、橋下氏にその度胸はなく、 結局、橋下氏は生活に困窮していたため、 立本氏に金銭と不動産を提供されて、 不正行為の仲間になりました。 それで、橋下氏は、 当時のパックスソフトニカの様子や、 原作権利者である私(本谷)のことを きちんと話せなくなっています。 |
(観光客の方に撮影していただいた)![]() |
| グランドキャニオンにて 左から、橋下氏、私(本谷) W氏(立本氏の知人で、六本木のお店経営) そして、立本氏 と橋下氏は隣合って写真におさまっている 私は彼と仲良くしていたのだが、 彼はなぜ、私を裏切ったのかなあ…。 |
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| バレーボールゲームの創作者、移植ディレクターとして 「オレはビッグになれた!」 と、はしゃぐ、私! このあと、 裏切られとんでもない目に遭うのだが…。 (橋下氏撮影) |
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| 左から、私(本谷)、立本氏、W氏(立本氏の知人 (橋下氏撮影) |
| 【六本木のお店】を経営されてる方 |
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| 左から、W氏(立本氏の知人)と私。 W氏は、バレーボールゲームの収益で 立本氏から資金援助を受けた方。 この旅行の時に初めて会い、私は直に、 「(資金援助を)ありがとう」 と、このW氏からお礼を言われたけれど、 私は何も聞いていなかった…。 あとで、このことを立本氏に質したら、 「まあまあ、おまえの金は後で返すから」 と。 後で?って…。 他人のお金の流用だよ、それ! こういうふうに、会社のお金を勝手に流用し、 ゲーム開発者に渡さないのは、 その前からの常態化した手口…。 (それは、後に知った) それって、『ダメ』なのでは? このW氏とは仲良くなりましたが、 六本木のお店には 私は行ったことがないまま、 小切手事件勃発…。 その店は、2000年代になっても存在し、 その頃、パックスソフトニカの社員には、 立本氏から、「いつでも遊びに行っていいぞ」 と言われてたと聞いた。 |
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| 左から、立本氏、橋下氏、W氏(立本氏の知人 <私(本谷)撮影> |
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| 私と立本氏 彼の味方になれば、本当に面倒見の良い人でした。 実は私、立本氏は個人的には好きでした。 私と全く価値観が異なるので、 人として珍しくて、興味を感じる人でした。 でも、立本氏、お金が絡むと冷徹でした。 私(本谷)が、私の権利の正当な主張すると、 『小切手事件』の脅しと、一部でしかない金額で、 ごまかそうとしました。。 任天堂バレーボール関連のお金は、 立本氏が勝手に、既に流用しているのです。 それは、立本氏自身が私に、 「お金は後で返すから」と明確に言っていました。 これは、橋下氏も知っています。 まあ、むちゃくちゃです。 最近(2026年7月6日)に、私(本谷)は、 任天堂バレーボール紹介する、 8年前の橋下氏も出演している 『シシララTV』のYouTube動画を発見しました。 その中で、橋下氏はこう言っていました。 「任天堂バレ―ボールの儲けは、ほぼ会社にとられた」 「私(橋下氏)は、権利関係を得た」 会社というのは、立本氏です。 つまりは、 『立本氏が会社の金を私的に使っていた』ということです。 私(本谷)は、フリーランスなので、 パックスソフトニカの役員の橋下氏に、 「立本氏と闘おう。こちらには開発部隊がある」 と強く説得しましたが、橋下氏は拒否しました。 そして、つまりは、立本氏と橋下氏で共謀して、 私(本谷)の権利とお金を『不正に分配』したのです。 橋下氏の動画内での発言を信じるなら、 (私は当時ことも、二人のこともよく知っているので 、さもありなん…ですけど)) 橋下氏も、立本氏に、私から奪ったお金の 多くのものを取られ、 あのゲーム画面の『HASHISHITA』という名前を 入れることで、虚偽の名誉と権利を得て、 不正な人生を生きてきたということです。 ほんとうに、悲しい話です。 このあたりは、 橋下氏に対談を申し込んでいますので 橋下氏は証言すべきでしょう。 私は、2025年に、橋下氏からメールをもらっています。 『私(橋下氏)は、お金のことも契約のことも何も知りません』 と書かれていました、 ふ~む。まさかね。 私は、そこ、調べますよ。 |
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| CES会場の外で、私と立本氏(私の陰)と 現地で会った案内の方 私の右腰につけているのは、 特別な『招待バッジ』のようだ |
| グレゴリーさん、ありがとう! |
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| 帰国の飛行機まで数時間しかないのに、私はロサンゼルスのダウンタウンで、一人、迷子!!! |
| グレゴリーさんのタクシーで、なんとかギリギリに、ロス空港に着いた! |
| 無事帰国できた!ので、この後『任天堂アイスホッケー』の開発が始まりました。 私は宮本さんの補ディレクターでした。 (この話は、別項で詳しく) |
| CES会場写真&ネットで見つけた動画(おまけ) |
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| 任天堂さんの展示があったと思うのだが、写真がない…。 写真は、「資料にしたいから」と言われ、誰かに貸した記憶があるのだけど、そもそも任天堂さんの展示がなかった? ん~、それを観に行ったはずなんだけど。 |
| 【検索で見つけた動画】 |
| Jan. 1987 Consumer Electronics Show - part 3 of 5! (ラスベガスの夜の街の様子) |
| Inside the 1987 Consumer Electronics Show - pt. 2 of 4! (会場内の展示・懐かしPANAのVHS!) |
| Jan. 1987 Consumer Electronics Show - part 1 of 5! (ラスベガスの昼間街と懐かしSonyのBeta!) |
| Jan. 7 1987 Consumer Electronics Show + Video of Las Vegas! (ラスベガスの街と、会場のSONY) |
| これら動画を投稿した方は、ゲームに関心がなかったようですが、日付が私たちが訪問した日(1987/1/12)にとても近いので、当時のCESの雰囲気が伝わるかと思いますので、リンクを書いておきます。 ご興味のある方がどうぞ。 |
| 本谷浩明(HONTANI hiroaki) 【注】他言語に翻訳されたとき、"MOTOYA" は間違いです |
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